カルショウ+ウィルキンソンの名コンビが捉えた、コンセルトヘボウ管の古雅な音色とマーラーのオーケストレーションの妙。
エソテリックによる名盤復刻シリーズ SACDハイブリッドソフト
エソテリック株式会社は、エソテリックによる名盤復刻シリーズとして Super Audio CDハイブリッド・ソフト 3作品『マーラー:交響曲第4番』『ショパン:バラード(全4曲)、舟歌、幻想曲』、および『チャイコフスキー:交響曲第4番、ストラヴィンスキー:バレエ音楽《火の鳥》全曲(1910年原典版)』を販売開始致します。
20世紀のマーラー指揮者としてのショルティの出発点
サー・ゲオルグ・ショルティ(1912〜1997)は1969年に音楽監督に就任したシカゴ交響楽団ともに、カラヤン=ベルリン・フィルやオーマンディ=フィラデルフィア管と並び、20世紀後半のオーケストラ演奏の極点を極めた存在でした。録音面でもデッカの専属アーティストとしてモノラル時代からデジタル期にかけての約半世紀にわたり実に多くの歴史的名盤を残しています。ショルティのデッカでの功績はいくつもありますが、その一つが同レーベル初のマーラー:交響曲全集を完成させたことでしょう。マーラー生誕100年の記念の年となった1960年を一つの契機として、折しもステレオ装置が家庭での再生システムとして爆発的に普及し始めたのと歩みを一つにするかのようにマーラー作品に関心が高まる中で、ショルティが3つのオーケストラと11年をかけて1971年に完成させた交響曲全集は、デッカの明晰かつ精細なステレオ・サウンドでマーラーのオーケストレーションの彩を紐解くことのできる優秀録音として、世界的に高く評価されました。ショルティのマーラー解釈は、ほぼ同時期に完成したバーンスタイン(コロンビア)、クーベリック(ドイツ・グラモフォン)、ハイティンク(フィリップス)による全集と比較して、演奏・録音の精度の高さ、作品構造の表出の圧倒的な明解さ、過度な感情の押し付けを忌避する姿勢において、群を抜く存在でした。マーラーが身を置いた当時のウィーンで流行したユーゲント・シュティール様式の曲線美ではなく、20世紀後半の世相の大きなダイナミズムを反映した、単刀直入な音響そのものの面白さに焦点を当てることで、ショルティは20世紀のマーラー指揮史において実に独特な位置に立ったのです。その出発点となったのが1961年2月にアムステルダム・コンセルトヘボウ管と録音されたこの交響曲第4番でした。
デッカ初のマーラー全集をショルティに託したカルショウの慧眼
ショルティがコンセルトヘボウ管を初めて指揮したのは1955年11月、フランクフルト歌劇場音楽監督時代のことで、チャイコフスキーの第5番とブラームスの第1番をメインとする2つの演目のほかに、ショルティの得意とするモーツァルト、ベートーヴェン、バルトークに、オーケストラのレパートリーであったオランダの作曲家ディーペンブロックの作品を組み合わせた演目を披露しています。しかしショルティが次に同管の演奏会を指揮するのはその36年後の1991年で、その意味ではコンセルトヘボウ管と相性がよかったわけでも、密接な関係があったわけでもありませんでした。この1961年のマーラー第4番もデッカによって組まれたセッションゆえに実現したことになります。しかし本番がなくとも短時間で自らの音楽を徹底的にオーケストラに叩き込むことのできるショルティの手腕は存分に発揮され、彼の個性的な解釈が浸透した録音に仕上がっています。この時点ですでに「ラインの黄金」や「トリスタンとイゾルデ」でセンセーショナルな評価を得ていたショルティを自社初のマーラー全集の指揮者に選んだデッカ側の慧眼は実に時代を見据えた見事なものだったといえるでしょう。
第4番を立体的に面白く聴かせてくれる点において最右翼の盤
全曲を通じて、楽譜に書かれたことを遵守しそれを余すところなく実際の音にすることを旨としていたショルティの面目躍如というべき快演です。各パートの明晰さはデッカの録音の特性だけに功を帰すべきものではなく、ショルティ自身の優れたオーケストラ・トレーニングと鋭敏な耳によるものでしょう。第1楽章の展開部や第2楽章全体で、オーケストラのサウンドが一瞬ごとに変化していくようなマーラーのオーケストレーションの組み合わせの面白さ・多彩さが生真面目なほど率直に捉えられています。どんなにオーケストレーションが錯綜しても、音量が上がっても決して響きが濁らず、美しさを保っているのはコンセルトヘボウの美感ゆえ。第3楽章で聴ける弦楽パートの息の長いカンタービレは、ショルティが単にダイナミズム一辺倒の指揮者だという一般的なイメージを覆すものです。マーラーの第4番は、作品のわかりやすさと短さ、編成の規模などの点でほかの交響曲よりも録音が容易であるため、ステレオ技術の到来とともに、第1番と並んで矢継ぎ早に録音されることになりました。1950年代後半から60年代初頭にかけても、クレツキ/フィルハーモニア管(EMI)、ライナー/シカゴ響(RCA)、バーンスタイン/ニューヨーク・フィル(コロンビア)、クレンペラー/フィルハーモニア管(EMI)と錚々たる組み合わせのレコードが発売されていますが、そうした中でこのショルティ/コンセルトヘボウ管盤は、作品を実に立体的に面白く聴かせてくれる点において最右翼に属する演奏と位置付けられたのでした。
濃厚・芳醇なコンセルトヘボウ・サウンドの再現
このアルバムのもう一つの聴き所は、作曲者直伝のマーラー演奏の伝統を誇るコンセルトヘボウ管の実に魅力的なサウンドでしょう。名プロデューサー、ジョン・カルショウ(1924〜1980)のもと、デッカ・サウンドを支えた伝説のエンジニア、ケネス・ウィルキンソン(1912〜2004)がエンジニアリングを担い、しなやかで豊かな陰影を湛えた弦楽パート、それぞれに木質で個性的なサウンドを放つ木管パート、古風な響きを持つホルン、輝かしく豊麗な金管など、オーケストラの木質で有機的なサウンドに浸りきることができます。冒頭の鈴も楽器のせいか実に個性的な響きで鳴っています。1961年といえば、ベルナルト・ハイティンクがヨッフムとの双頭体制でコンセルトヘボウ管の首席指揮者に就任した年であり、同管が国際化に向けて新たな一歩を踏み出した時に当たりますが、このアルバムに記録されているのはむしろローカル色の強いメンゲルベルク時代を彷彿とさせるコンセルトヘボウ・サウンドであることもこの録音の価値を高めているポイントといえましょう(このショルティのマーラーと同じ月に収録され、当シリーズでもリリース済みのフィストゥラーリ指揮の「白鳥の湖」ハイライト盤と同じ趣です)。
第4楽章で花を添える名コロラトゥーラ、スタールマンの貴重な録音
第4楽章でショルティ/コンセルトヘボウ管の演奏に花を添えるのはアメリカのコロラトゥーラ・ソプラノ、シルヴィア・スタールマン(1929〜1998)。ジュリアード音楽院で学び、ブロードウェイで歌手としてのキャリアをスタートさせたスタールマンは、オペラ歌手としてはまずブリュッセルのモネ劇場を中心にヨーロッパで活動、1956年にはニューヨーク・シティ・オペラでデビュー。1958年にフランクフルト歌劇場にデビューして以来、同歌劇場音楽監督だったショルティに認められて「ドン・ジョヴァンニ」「フィガロの結婚」「フィデリオ」「椿姫」「リゴレット」「ペレアスとメリザンド」などで共演し、録音でもこのマーラーのほか1960〜61年録音の「仮面舞踏会」にオスカル役で参加しています。デッカではボニング指揮の「夢遊病の女」旧録音(1962年)でもサザーランドと共演していますが、残された録音は非常に少ないため、実に貴重な記録といえましょう。第1・2・4楽章でヴァイオリン・ソロを担うスティーヴン・スターリクは1932年生まれのカナダのヴァイオリニスト。1956年ジュネーブ国際コンクールでアッカルドに次ぐ第2位、カール・フレッシュ国際コンクールでも第2位。24歳でロイヤル・フィルのコンサートマスターに就任し、その後、コンセルトヘボウ、アムステルダム室内管、シカゴ響、トロント響のコンサートマスターを歴任し、ソリストとしての録音も数多いヴァイオリニストです。若手の指導に心血を注いだ名教師でもありました。
オーケストラの各パートを鮮明かつ立体的に捉えた明晰透明なサウンド
アムステルダムのコンセルトヘボウ(オランダ語で「コンサートホール(ビル)」の意味)は19世紀の建設当時の姿をそのままに伝える音響の優れた歴史的なコンサートホールとして知られています。1883年から86年にかけて建設され、1888年4月に開場。コンセルトヘボウ管弦楽団は開場の年の11月に早くもこのホールで演奏会を開催し、以後ここを本拠地として130年以上も演奏活動を続けています。2037席の大ホールはボストン・シンフォニーホールやウィーン・ムジークフェラインザールと同じく典型的なシューボックス型で、残響は観客なしで2.8秒とロマン派のオーケストラ曲には理想的といえましょう。コンセルトヘボウ管弦楽団のアナログ時代の録音は、数の面では旧フィリップス・レーベルへのものが圧倒的に多く、オーケストラ全体の重厚で落ち着いたソノリティを表に押し出したヨーロッパ調の音作りで日本でも人気を博していましたが、このショルティによるマーラーは、それとは趣の変わった、デッカならではの、オーケストラの各パートを鮮明かつ立体的に捉えた明晰透明なサウンドに仕上がっていて、マーラーの色彩的なオーケストレーションの面白さを味わい尽くすことができます。ショルティのマーラー第4番というとシカゴ響との再録音ばかりがクローズアップされるきらいがあったためか、アナログ時代の名録音にもかかわらずリマスターされるのは今回が初めてで、世界初のSuper Audio CDハイブリッド化となります。今回のSuperAudio CDハイブリッド化に当たっては、これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。
『作品のすべてが驚くほど毅然と浮き彫りにされている』
「ショルティは英デッカ=ロンドンの専属として、ワーグナーの『ラインの黄金』、『トリスタンとイゾルデ』をはじめ、ベートーヴェンの交響曲、そのほかの数多い名演によって、彼の幅広い解釈とダイナミックな表現はわが国では広く知られている。このレコードはショルティの録音した最初のマーラーであり、また伝統に輝くコンセルトヘボウを彼が最初に指揮したものとしても、深い意義をもっているが、彼の絶妙の統率力によるこの名演が、現代の最高水準を示すffss、ffrrの録音技術によって余すところなくとらえられた特筆に値する名盤となっているのである」
日本初出盤ライナーノーツより 1962年
「作品のすべてが驚くほど毅然と浮き彫りにされているショルティのこの演奏は、ともすると持たれ気味になったり感傷的になりやすい表現から逃れて、最後まで聴く者の感覚的な興味と魅力とをとらえて離さない。マーラーのこの曲には、確かに感覚に強く訴える要素が豊かなので、ショルティのような感情に溺れない明晰な演奏が効果的になるのである。」
『レコード芸術』1962年5月号 推薦盤
「シカゴ響とマーラーの再録音を始めても、ショルティがなかなかこの第4番を取り上げなかったのは、このコンセルトヘボウ管との録音に強い愛着と自信を持っていたためだというが、確かにこの演奏も優れている。シカゴ響との新盤のほうが、さすがによりしなやかに円熟し、ニュアンスが豊かだが、この演奏も熱演に溺れることなく、いかにも的確で明晰な表現をつくっていて、この曲の魅力をとても楽しく伝えてくれる。スタールマンの独唱は少し細身だが、抒情的な表現に優れている。」
『クラシック・レコードブックVol.1 交響曲編』1980年
[収録曲]
◇グスタフ・マーラー(1860-1911)
交響曲 第4番 ト長調 |
[1] |
第1楽章:ゆっくりと、急がずに |
[2] |
第2楽章:緩やかな動きで、慌ただしくなく |
[3] |
第3楽章:安らかに ポコ・アダージョ |
[4] |
第4楽章:きわめて心地よく「我らは天上の喜びを味わう」 |
[詳細]
スシルヴィア・スタールマン(ソプラノ)
スティーヴン・スターリク(ヴァイオリン・ソロ)
指揮: サー・ゲオルグ・ショルティ
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音 |
1961年2月20日・21日、アムステルダム、コンセルトヘボウ |
初出 |
SXL 2276(1961年9月) |
オリジナル・レコーディング |
[プロデューサー]ジョン・カルショウ
[バランス・エンジニア]ケネス・ウィルキンソン |
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