リヒテルとマタチッチ... 巨匠同士の稀有な邂逅。
エソテリックによる名盤復刻シリーズ SACDハイブリッドソフト
オリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来LP時代を通じて決定的名盤と評価され、CD時代になった現代にいたるまで、カタログから消えたことのない名盤を貴重なマスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、新たなSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はエソテリックによる名盤復刻シリーズとして Super Audio CDハイブリッド・ソフト 3作品『ショパン:ピアノ協奏曲第1番&第2番』『マーラー:交響曲《大地の歌》、《リュッケルトの詩による5つの歌曲》』、および『グリーグ&シューマン:ピアノ協奏曲』を発売致します。
20世紀最大の巨匠ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテル
「20世紀のピアノの巨人」と称される、ロシアの名ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテル(1915.3.20〜1987.8.1)。バッハから同時代音楽に至る膨大なレパートリーを持ち、それぞれに個性的かつ巨大な演奏解釈を披露した文字通り「ピアノの巨人」的存在でした。録音嫌いとして知られていたにもかかわらず、発売された録音の点数は他のどのピアニストよりも多いのではないかと思われるほど、多数の録音が残され、レーベルも多岐にわたっている点でも破格の存在といえるでしょう。
リヒテルのEMI録音
リヒテルはソ連のアーティストだったということもあり、自国のレーベルで国営会社のメロディアを除けば、国外で録音したレコード会社の選択を本人がどこまで意識していたかは不明ですが、ドイツ・グラモフォン(1950〜60年代)、オイロディスク(1970年代)、フィリップス(1950〜90年代)など比較的密度の濃い関係を維持したレーベルもありました。EMIもその一つで、リヒテルとは1961年ロンドン訪問の折にアビーロードスタジオで録音したベートーヴェン「テンペスト」とシューマン「幻想曲」に始まり、1970年代後半まで協奏曲・室内楽・独奏曲をLPにして15枚ほど録音しています。EMI録音の特徴は協奏曲がバラエティに富んでいることで、モーツァルトからバルトークに至る大作が収録されており、晩年になるにつれ協奏曲のレパートリーを絞っていったリヒテルにとっては重要な記録でもあります。
リヒテル自身が気に入っていた録音
1974年11月にモンテカルロで録音されたグリーグとシューマンもそうした1枚で、リヒテル生前に発売された録音としては、グリーグは初めてかつ唯一の、シューマンは16年ぶり3回目の録音となりました。1970年代のリヒテルは心技体ともに最も充実し精力的な活動を行っていた時期で、そうしたパワーの充溢がこの2曲の録音にも反映されています。グリーグでは冒頭の決然たる開始からして絶好調で、第1楽章のカデンツァで披露するダイナミズムの多彩さや第2 楽章での沈潜ぶりも見事。第3楽章の前進性と躍動感は、シューマンの同楽章にも共通するエネルギッシュなもの。リヒテルはこの時モンテカルロでシューマンの協奏曲を演奏会で弾いており、EMIはその機会を捉えてセッションを設け、実演で取り上げたシューマンのほかにLPレコードのカップリング曲としてグリーグを録音したのでした。リヒテル自身はこの録音のことを日記に「久しい前から待ち望んでいた」と記しており、シューマンは「残念ながら心底満足ゆく出来ではなかった」としているものの、グリーグについては「手放しで賞めてよい」「私の正真正銘の成功例の一つ。何度か聴き直してみたが、判断は変わらない」と、自分の演奏には手厳しかったリヒテルとしては、珍しく極めてポジティブな評価をしていました。
巨匠マタチッチの貴重な録音
このアルバムのもう一つの聴きどころは、指揮に、リヒテルとは対照的に生前にはレコード会社での録音歴には恵まれなかったユーゴスラヴィアの巨匠ロヴロ・フォン・マタチッチ(1899.2.14〜1985.1.4)が起用されていることでしょう。NHK交響楽団の名誉指揮者として1960〜70年代の日本では高い人気を得たマタチッチは1974〜79年にモンテカルロ・フィル(モンテカルロ国立歌劇場の座付きオーケストラで、このディスクでは録音当時の名称である「モンテカルロ国立歌劇場管弦楽団」と表記)の首席指揮者を務めており、コンサートとオペラ双方で特に19世紀〜20世紀初頭の後期ロマン派のレパートリーを指揮して高い評価を得ていたこのコンビにとって唯一の録音となりました。決して器用な指揮者ではなかったマタチッチですが、シューマンの終楽章の変拍子も問題なくリヒテルにピッタリとつけてバックアップ、随所に聴かせる豪壮な響きはマタチッチならではといえるでしょう。
リヒテルのペダルの踏み込みまでを捉えた録音
録音セッションは、モンテカルロのパレ・ガルニエ(モンテカルロ歌劇場)で行われました。パリのオペラ座の建築で知られるシャルル・ガルニエが手掛けたもので、有名なカジノに併設され、内装は極めて壮麗なもの(1879年に開場)。同じガルニエ建築の歌劇場でも巨大なパリ・オペラ座とは異なり、席数は500ちょっとという小ぶりな空間で、歌劇場はドライな音響であることが多いにもかかわらず、録音で聴く限り適度に潤いがありつつも明晰な響きが保たれていることがわかります。左右いっぱいに色彩感豊かに展開するオーケストラを背景に、中央にやや大きめの音像でリヒテルのピアノが位置し、リヒテルが力強くペダルを踏みこむ音まで聞こえ、ダイナミック・レンジの広いリヒテルの演奏が余すところなく捉えられています。エンジニアはフランスEMIのベテラン、ポール・ヴァヴァスール。名盤ゆえにCD時代初期からデジタル化され、複数回のリマスターも施されてきました。今回は2021年以来2度目のSuper Audio CDハイブリッド化となります。
今回のSuper Audio CDハイブリッド化に当たっては、これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSD マスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、独自の「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。
『リヒテルの代表盤というべき名盤[……]終楽章の畳みかけるような迫力も圧倒的』
「グリーグのピアノ協奏曲において、リヒテルは彼のヴィルトゥオーゾとしての資質を遺憾なく発揮する。それでいて、その技巧が単なるブラヴーラの誇示に陥ることなく、強固な確信を表したものとなり得たのは、彼の音楽家気質がここでも正当な方向から逸脱することがなかった結果といえるだろう。ディナーミクやアゴーギクで、これはかなり際立った個性を持つ演奏だが、リヒテルは北欧ノルウェーの生んだ25歳の青年作曲家によって書かれたこの協奏曲を、彼独自の音楽的時間の中に再現し、輝きと光とを付け加える。[……]シューマンにおけるリヒテルの素晴らしさもいったい何に例えればよいのだろう。自分の体内に一見あい矛盾するような二つの極を持ち、しかもその両極は互いに反発しあうことなく、むしろ補い合う存在になりうるリヒテルの恵まれた資質に、この協奏曲は何と相応しいことだろう。」
日本初出盤ライナーノーツより 1975年
「腕に任せ、大見得を切った演奏ではない。だがこれまで聴いてきたものに比べると、グリーグのこのポピュラーな協奏曲が、大きくかつ年輪を加えた作品の如くに感じられる。それが、つまりはリヒテルの芸であろう。北欧風の抒情を強調し、それによりかかった若やいだ演奏に比べると、多少堅い感じがしないでもない。気の利いた、小回りの利く演奏を好む人は、そういう堅さが受け入れられない、というだろう。しかし、それがリヒテルだ。だからこそグリーグが雄大に再現されている。」
『レコード芸術別冊・クラシック・レコードブック VOL.3 協奏曲』1985年
「このグリーグは傑作だ。リヒテルのピアノはスケールが大きく、遅いテンポと粘ったリズムによる第1楽章は著しくロマンティックで、それに凄まじい気迫と強靭なタッチが加わって表現の幅を増している。第2楽章はくっきりとしたタッチが美しく、フィナーレは第1楽章ほぼ同様。マタチッチの指揮も両端楽章の豪快さ、雄大さはその比を見ず、旋律は豊かに歌われ実にふっきれた表現だ。」
『クラシックCD カタログ ’89、1989年
「リヒテルのアプローチはグリーグの作品をヴィルトゥオーゾ・コンチェルトの位置においているといってもよさそうだ。とかくコンパクトに見られがちなこの作品が、きわめて大きなスケールを見せ、豊かな表情と強靭な気迫をもってその魅力を新たにしている。それでいながら、いわば優しさも失われていない。マタチッチが築く背景も、そうした方向に呼応しながら多彩さを見せる。」
『名盤大全・協奏曲編』1998年
「リヒテルの代表盤というべき名盤である。指揮するマタチッチの豪快さと豊かな陰影に彩られた音風景にはもちろん感服するが、やはりリヒテルのピアノの詩的な表情が聴き手の心に強く響く。グリーグでは第1楽章の長大なカデンツァに、強い香気にむせ返るようなファンタジックな音世界が広がっている!そしてアダージョの抒情はしみいるような美しさだ。シューマンはリヒテルとマタチッチのそれぞれ持ち前の剛毅な一面によって非常にダイナミックだ。大きく豊かな抒情が流れる第2楽章の強力な推進力はやはりこのコンビによるところが大きいのであろう。終楽章の畳みかけるような迫力も圧倒的だ。」
『クラシック不滅の名盤1000』2007年
[収録曲]
◇エドヴァルド・グリーグ(1843-1907)
ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 |
[1] |
第1楽章:Allegro molto moderato |
[2] |
第2楽章:Adagio |
[3] |
第3楽章:Allegro moderato molto e marcato |
[収録曲]
◇ロベルト・シューマン(1810-1856)
ピアノ協奏曲 イ短調 作品54 |
[1] |
第1楽章:Allegro affettuoso |
[2] |
第2楽章:Intermezzo(Andantino grazioso) |
[3] |
第3楽章:Allegro vivace |
[詳細]
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
モンテカルロ国立歌劇場管弦楽団
指揮:ロヴロ・フォン・マタチッチ
録音 |
1974年11月24日〜30日、モンテカルロ、パレ・ガルニエ |
初出 |
EMI ASD 3133(UK)1C 065-02615Q(Germany)他(1975年) |
日本盤初出 |
東芝EMI EAC80159(1975年11月20日) |
オリジナル・レコーディング |
[レコーディング・プロデューサー]ジョン・モードラー
[バランス・エンジニア]ポール・ヴァヴァスール |
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