甘美で美しい音色はまさに洗練美の極致
フランコ・ベルギー楽派の伝統を20世紀に継承した名ヴァイオリニスト、アルテュール・グリュミオー(1921年3月21日〜1986年10月16日)。その甘美で艶を帯びた美しい音色は、まさに優美そのもの、洗練美の極致であり、ヴァイオリンという楽器の一つのイメージを体現させ定着させたヴァイオリニストでした。楽譜に書かれたことを、ルバートやポルタメントなどの誇張なしにきっちりと再現しつつも、決して即物的にならず、節度をもったロマンティシズムを湛えたグリュミオーのヴァイオリンは、バッハからストラヴィンスキーにいたる幅広いレパートリーにおいて作品の本質をしっかりと見据えた解釈を可能にし、20世紀のヴァイオリン演奏史に大きな足跡を残しています。当ディスクは、2014年に発売し好評をいただいたモーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第3番 / 第5番《トルコ風》/協奏交響曲』を収録したアルバム以来、当シリーズ2度目のグリュミオーのSuper Audio CDハイブリッド盤となります。
新興フィリップス・レーベルの看板アーティスト
ブリュッセル音楽院でアルフレッド・デュボアに学び、さらにパリでジョルジュ・エネスコに師事したグリュミオーは、1939年にアンリ・ヴュータン賞、フランソワ・ブリュム賞を受賞し、さらに翌1940年にはベルギー政府からヴィルチュオジテ賞を授与されました。戦後間もなくパリでモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番を弾いてパリ・デビューを飾り「ティボーの再来」と称えられ、フランスを演奏活動の拠点に置きつつ、1949年には母校の教授にも就任しました。その頃から英EMIなどにレコーディングを開始したグリュミオーでしたが、何といってもその個性あふれる演奏が注目されるようになったのは1953年に始まるオランダのフィリップス・レーベルへの一連の録音でした。折しも78回転SP盤に代わるLPという新しい再生メディアの黎明期であり、録音再生技術の向上とともにより鮮明な再生音を家庭で手軽に味わうことが出来るようになった時代。グリュミオーの洗練された演奏は、繊細な音色までをも細かく収録することのできるこの新しいメディアの、そして戦後の新興レコード会社の一つ、フィリップス・レーベルの象徴ともなったのです。1953年に開始されたグリュミオーのフィリップスへの録音は、彼がなくなる3年前の1983年まで約30年間にわたって継続され、協奏曲・室内楽・ソナタ・小品・無伴奏作品に至る、ヴァイオリンの主要なレパートリーを網羅することになりました。
アナログ時代の決定盤、メンデルスゾーンとラロ
当ディスクに収録した3曲はいずれもグリュミオーの十八番ともいうべき作品で、複数の録音が残されており、それぞれに個性的な魅力を備えた名演ですが、やはり40代に入ったグリュミオーが脂の乗った活動ぶりを見せた1960年代の録音がアナログ時代に最も広く親しまれてきた演奏と言えましょう。この時代のグリュミオーは、バッハからストラヴィンスキーにいたる幅広いレパートリーのレコーディングを続々と行なう八面六臂の活躍ぶりで充実を極めていたからです。メンデルスゾーンは1954年モノラル(モラルト/ウィーン響)、1960年(ハイティンク/コンセルトヘボウ管)、1972年(クレンツ/ニュー・フィルハーモニア管)と3種類の録音が残されており、いずれもグリュミオーのひめやかで瑞々しいヴァイオリンが、メンデルスゾーンの作風と合致した名演ですが、この1960年盤は最も艶やかなソロが聴けるもので、若き日のハイティンクがコンセルトヘボウ管を指揮して実に立体的な演奏に仕上げた点が聴きもの。ラロは1954年モノラル(フルネ/ラムルー管)、1963年(ロザンタール/ラムルー管)の2種類の録音がありますが、ステレオ盤はスペイン風のローカリズムとフランス風の洗練とを両立させたこの曲のイメージを最もバランスよく表出しています。官能と粋が絶妙にブレンドした《ハバネラ》ともども、フランスの隠れた名匠マニュエル・ロザンタール(1904年〜2003年)が名門ラムルー管からきわめてフランス的な色彩感あふれるサウンドを引き出して、グリュミオーともども音楽を熱く盛り上げている点もこの演奏の価値を幾重にも高めています。
最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現
レコーディング場所はクレジットに明記されていませんが、比較的オーケストラに近接したバランスで収録されており、厚みのあるオーケストラを背景にヴァイオリン・ソロがくっきりと浮かび上がるさまは、アナログ時代から親しまれてきたフィリップス・サウンドならでは。サン=サーンスとラロは2019年に一度Super Audio CDハイブリッドで発売されていますが、メンデルスゾーンは世界初のSuper Audio CDハイブリッド化となります。今回の Super Audio CDハイブリッド化に当たっては、これまで同様、使用するマスターテープの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業が行われています。特にDSDマスタリングにあたっては、D/Aコンバーターとルビジウムクロックジェネレーターとに、入念に調整されたESOTERICの最高級機材を投入、またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を余すところなくディスク化することができました。
■『ヴァイオリンの美感を伝える数少ない演奏家』、『ラロはこの曲のベスト・レコード』
「グリュミオーは最近の若いヴァイオリニストが登場するまでヴァイオリンの美感を伝える数少ない演奏家だった。ヴィブラートの効いたみずみずしい響き、柔らかいアーティキュレーションと冴えたフレージングの鮮やかな交替、そして洗練された感覚がどの曲からも優美な情感と官能的になる一歩手前で踏みとどまる嗜みの良さをそなえていた。それはメンデルスゾーンのホ短調協奏曲のように古典的な爽快感と清澄なロマンティシズムの結びついた音楽で目覚ましい効果を上げている。」
「ラロはこの曲のベスト・レコードと思われるすばらしい演奏である。グリュミオーはその磨き抜かれた華麗な音色と、洗練味のある粋な感覚で魅力いっぱいのソロを聴かせており、爽やかで流麗そのものといった表情で曲想を見事に生かしている。ロザンタールの指揮も、グリュミオーに劣らず粋で、豊かな色彩感のある響きでソロを支え、またソロとの掛け合いもぴったりと息の合ったもの。ハバネラも極めてデリケートながら情熱的な気迫もあって、甘美な雰囲気に満ちている。」 『レコード芸術別冊・クラシック・レコード・ブック VOL. 3 協奏曲編』1985年 「オリジナル楽器による演奏だが、内容は極めてロマンティックといえ、ブリュッヘンのカリスマ性で一貫された名演といえる。わかりやすく言うと、フルトヴェングラーがオリジナル楽器のオーケストラを振っているような演奏である。実に主観的で劇的な要素に満ち溢れ、強弱のはっきりした表現はバロック的ともいえるが、コンセプトはやはりロマンであろう。オールド・ワイン・ニュー・ボトル的な、新鮮な感動に誘われるのである。」
『クラシック不滅の名盤800』1997年盤
「ラロはデリケートで粋な純フランス風の演奏だ。そのため、スペイン風の濃厚な味わいや豊麗な音色を求めることはできないが、これほど上品で線が細く、女性的で小味なラロは例がない。ロザンタール指揮するラムルー管弦楽団は、金管を強奏する乾いた響きがいかにもラテン的。」
『レコード芸術別冊・クラシックCDカタログ ’89(前期)』1989年
「より切れ味鋭くヴィルトゥオジティを発揮した演奏や、情熱的でスペイン色の強い演奏はないわけではないが、ラロの曲の魅力を最も洗練された表現と甘美で、しかも極めて品格美しい音によって味わうことのできるのは、このグリュミオー2度目の録音だろう。当時40歳代前半だったグリュミオーの演奏は、第1楽章を始めとする技巧的な部分においても間然とすることがないし、艶やかな音をしなやかに駆使して抒情豊かに、陰影細やかに歌われた表現はスペイン的な情緒にも不足を感じさせない。ロザンタールがオーケストラを存分に鳴らして、そうしたグリュミオーのソロと見事なコントラストを作って、演奏を盛り上げている。」
『ONTOMO MOOK クラシック不滅の名盤1000』2007年
「《スペイン交響曲》は、高音域の輝きと繊細なニュアンス、低音域はあっさりと仕上げ全体に上品な印象を与える。グリュミオーというヴァイオリニストの美質の全てが凝縮されているように感じられる。」
『ONTOMO MOOK 最新版 クラシック不滅の名盤1000』2018年
収録曲 / 詳細
フェリックス・メンデルスゾーン(1809〜1847) ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
カミーユ・サン=サーンス(1835〜1921) ハバネラ 作品83
エドゥアール・ラロ(1823〜1892) スペイン交響曲 ニ短調 作品21
アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリン)
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 指揮:ベルナルト・ハイティンク(メンデルスゾーン)
コンセール・ラムルー管弦楽団 指揮:マニュエル・ロザンタール(サン=サーンス、ラロ)
[1] |
フェリックス・メンデルスゾーン
ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
第1楽章: アレグロ・モルト・アパッショナート |
[2] |
第2楽章: アンダンテ |
[3] |
第3楽章: アレグレット・ノン・トロッポ〜アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ |
[4] |
カミーユ・サン=サーンス
ハバネラ 作品83 |
[5] |
エドゥアール・ラロ スペイン交響曲 ニ短調 作品21
第1楽章: アレグロ・ノン・トロッポ |
[6] |
第2楽章: スケルツァンド(アレグロ・モルト) |
[7] |
第3楽章: 間奏曲(アレグレット・ノン・トロッポ) |
[8] |
第4楽章: アンダンテ |
[9] |
第5楽章: ロンド(アレグロ) |
詳細
録音 |
メンデルスゾーン:1960年5月11日〜14日、アムステルダム、コンセルトヘボウ、グローテ・ザ−ル
サン=サーンス、ラロ:1963年4月1日〜5日、パリ |
初出 |
メンデルスゾーン:835 055 LY
サン=サーンス、ラロ:835 184 LY |
日本盤初出 |
メンデルスゾーン:SFL5505(1960年12月)
サン=サーンス、ラロ:SFL7680(1963年11月) |
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