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人間はどのようにして音を取捨選択しているか

パターン認識に注目しよう

脳が音を分析する時に、最も重要なのは「速度」と「精度」の向上です。もし、どんなに音を細かく聞き分けることができても、その分析に数秒もかかるようでは、私達の生命はたちまち危険にさらされるはずですし、時間がかかりすぎるようでは、音によって獲物の距離や方向を知りそれを捕らえることができないでしょう。「耳の感度」をフォーカス(絞り込む)ための「音の取捨選択」はいったいどのようにおこなわれているのでしょう?

人間の特徴的な脳の働きに、「パターン認識」と呼ばれるものがあります。これは、入力された情報を「類似の情報と比較」することで、情報をより正確かつ迅速に処理するために合理的な方法です。この人間に独特な認識システムが、コンピューターよりも遙かに優れているため、単純計算ではコンピューターに及ぶべくもない脳の演算能力でも、動的な分析能力、あるいは曖昧検索能力などは、逆にコンピューターが遙かに及ばない速度と精度を達成しているのです。
「パターンによる認識」には「記憶」が必要です。さらにその「記憶」を引き出すためには、聴覚のみの情報だけではなく、視覚や嗅覚などを含めた「五感すべての情報を統合する」ことで、より正確で高速な認識が行えます。さらに、脳の限られた能力を考えると五感それぞれにまったく違うプロセスを用意するのではなく、「単純ないくつかのプロセスが共通されている」と考える方が理にかなっています。つまり、五感から得られる情報をそれぞれ個別に利用するのではなく、相互の情報を関連付けることで分析精度と速度は飛躍的に高めているのです。 聴覚による音の分析も、このパターン認識システムによっておこなわれていると考えられます。私達は、左右の鼓膜に届く音波から「必要な情報のみを取り出し」それを比較、補完、修正しながら、「音のイメージ」を組み立てているに違いありません。この、聴覚による「音波のパターン化」の方法を探り、私達が必要とする「音波の特徴」を知ることができれば、オーディオ再生に「必要な音」と「不必要な音」が判別でき、それを利用することでスマートに私達の「耳」を騙し、オーディオの再生音を生演奏のように聞かせてやることができるはずなのです。

脳は錯覚(錯聴)を起こしている

私達は思いこみから「無いものがそこに存在する」ような錯覚をおこします。「だまし絵」は、視覚に生じる「錯覚(脳の思い込みによる間違い)」を利用したトリックです。錯覚ほどは知られていませんが、「耳」も同じように、「存在しない音が聞こえる(錯聴を起こす)」ことが知られています。私達がオーディオを聞いているときは、常に「錯覚」を起こしています。
最新のスマートフォンでは、小さな筐体から低音を出すために「8kHz」付近の高い音が「強めに再生される」ように作られています。これは私達がその帯域の音で「低音の実在感」を感じ取っているからです。8kHzという高い音をブーストすることで、スピーカーから発生していない「低音」を私達は感じます。
オーディオ機器も同じように、良質なスーパーツィーターを追加すると「低音の実在感」が改善します。逆に、良質なスーパーウーファーを追加すると「中高音の明瞭度」が改善します。私達の「耳」は測定器のように、「音の一部分だけを捉えて判断する」ことができません。すべての音は「全体の音の相対関係(バランス)」で成り立っています。重要なのは、低音、中音、高音を個別に良くすることではなく「全体の関連性(パターン)を強化する」ことなのです。

不自然な音を出さないことが重要

自然界に存在する「音」は、「色々な音が混じり合った非常に純度が低い音」です。コンサート会場で聴く音楽も例外ではなく、観客が立てる物音などのノイズが多く、自宅のオーディオ機器で音楽を聞くと時とは比べものにならないくらい、音の純度低いのです。しかし、私達は「そういう純度が低い音」から「特定の音」を「抜き出す」力に長けています。平均的な音の変化には鈍感でも「特徴的な音の変化」は驚くほど素早く探し出せるのです。

オーディオ機器の音から「違和感」を取り除いて、より音楽に深く集中(フォーカス)させるためには、人間が不自然と感じる「特徴的な音」を取り除くことが大切です。つまり、再現されるすべての音が適切なバランスで、不適切な強調感がなくなれば、多少クォリティーは低くても、人間は十分に音楽を楽しむことができるのです。逆に、クォリティーがどれほど高くても、僅かな違和感を覚えるだけで、音が電気的(人工的)に聞こえたり、硬く感じられたりして、私達の音楽的集中は阻害されてしまうのです。
ではどのような音が「自然」で、どのような音が「不自然」なのでしょうか?
先ほど「パターン認識」の話しをしましたが、パターンとは、「それぞれの情報の関連性」です。「音の関連性(音波のパターン)」が「実際にはあり得ない変化を示す」場合、私達はその音を瞬時に「不自然なもの」と判断します。

クォリティー信仰に潜む危険性

ほとんどのオーディオマニアは、「音を良くすること=それまでに聞き取れなかった細かい音でも再現できること」が音楽的に良いシステムだと考えています。しかし、実はこのクォリティー信仰こそ、「いつまで経っても満足(安心)して音楽を聴くことができない」という問題の根源なのです。
オーディオ機器の音はどれほどクォリティーが高くても「生の楽器の音」にはなれません。写真がどれほど精密でも「現場そのもの」を写し取れないのと同じです。
私は「オーディオによる音楽の記録」は、「写真」ではなく「絵画」と同じだと考えています。すべての情報を「平等に記録する」のが「写真」です。「絵画」の情報は画家によって「取捨選択」されています。優秀な画家は鉛筆一本で実にリアルな「肖像画」を描きます。これは、人物を認識する、その人となりを伝えるために「何が重要」で「何が重要でないか」をよく分かっているからです。絵画は、下手な写真よりもよほど現実をリアルに伝えます。音の録音再生も同じで、何を再現し、何を再現しないか、の取捨選択が重要だと考えています。

オーディオは「モノラルとステレオ」、「アナログとデジタル」のどちらが良いかが議論されることがあります。
音質が改善とは、記録できる情報が増えることです。けれど「あるがまま」は記録再生できないので、どこまで言っても「取捨選択」が必要になります。例えば2種類の音から、どちらか正解に近いもの(原音に近いもの)を選ぶのはそれほど難しいことではありません。しかし、音の数が2から10、10から100へと増えれば増えるほど、取捨選択は飛躍的に難しくなります。オーディオの音作りは、まさしくこのような問題です。
再生時の音作りは何度も繰り返せるのですが、時間とコストが限られている録音を完璧(間違いのない取捨選択)に行うのは、それよりも遙かに難しいことです。気の遠くなるような努力を重ねて音質を向上させると、取り扱いもどんどん難しくなります。音質が向上すれば、それまではまったく問題にならなかったほどの小さな音の変化まで、「取捨選択」の対象になります。けれど、困ったことに私達の敏感な「耳」は、その小さな「間違い」さえ瞬時に聞き取ってしまうのです。
音質を向上させれば向上させるほど、些細なことにも人間は違和感(不自然な感じ)を覚えやすくなります。完璧ではない録音(市販のソフトはほとんどが不完全)の音源を、微に入り細に穿つ高音質で再生すれば、それまでは感じなかった違和感が生じるのが当然です。
このパラドックスに気づかないと、一生懸命音質を向上させているつもりが、音楽性はちっとも向上しないばかりか、お金をかければかけるほど、安心して音楽を楽しむことのできない、神経質なシステムになってしまうのです。

「豊かな音楽を感じさせてくれる良い音」とは、細かい音が沢山聞こえることでも、楽器の音が生々しく聞こえることでも、ヴォーカルの唇が濡れて感じられることでもありません。それらはすべて結果であって、目的ではないのです。クォリティー信仰にとらわれ過ぎると、あなたのステレオは音楽性の欠片もない、ただの拡声器になってしまいます。
音質がある程度のクォリティーに達したら、そこからは音質よりもバランスの向上を目指すことが「良質な音楽を楽しむ」ための秘訣です。圧倒的な音質クォリティーを持つSACDやCDソフトの音楽性が、未だにレコードに敵わないといわれることがあるのは、それを証明する一つの良い例ではないかと思うのです。

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