ロストロポーヴィチが作曲家ブリテンと成し遂げた室内楽演奏の桃源郷
1960年代英デッカの録音技術の粋を極めた名演。
パブロ・カザルスと並び、20世紀におけるチェロという楽器の概念を深化させた巨人ロストロポーヴィチ。1960年代英デッカの録音技術の粋を極めた彼の最重要の録音遺産を最新Super Audio CD ハイブリッド化。
エソテリックによる名盤復刻シリーズ SACDハイブリッドソフト
ESOTERIC(エソテリック)は、「ESOTERIC名盤復刻シリーズ」スーパーオーディオCDハイブリッド盤3作品を発売開始いたします。社内に構築した「エソテリック・マスタリング・センター」にてリマスタリングを行いました。定評の丁寧なマスタリング作業に、独自のデジタル技術を駆使して開発した「Esoteric Mastering」の音楽表現力が加わり、さらなる感動をお届け出来るスーパーオーディオCDに仕上がっています。
チェロの概念を深化させたチェリスト
パブロ・カザルスと並び、20世紀におけるチェロという楽器の概念を深化させた巨人、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1927-2007)。旧ソ連(現アゼルバイジャン共和国)のバクーに生まれ、7歳からチェロを始め、モスクワ音楽院でチェロをコゾルーポフに、作曲をショスタコーヴィチに師事。1956年に欧米での演奏旅行で大成功を収めて一躍世界的な存在になりました。チェロのあらゆるレパートリーを掌中に収め、傑出したテクニックで特に20世紀の優れた作曲家たちに多くの刺激を与え、ハチャトゥリアン、ブリテン、デュティユー、バーンスタインらの巨匠たちから170にも及ぶ作品を捧げられています。指揮者、ピアニストとしても活動し、熱心な人権擁護活動家でもあり、1970年には作家ソルジェニーツィンを擁護してソヴィエト政府と対立、1978年にはソヴィエト市民権を剥奪される(1990年に回復)など、音楽家としての枠を遥かに超えた存在でした。音楽面でも、高度で磨き抜かれた技術、とりわけ幅広い音域にわたって平均した音色の美しさを保ち、力強い情熱、幅広い表現力と尽きることのないエネルギーを放射し続ける演奏は、聴き手に興奮と深い感動をもたらしてきました。
ロストロポーヴィチの生涯を変えた「3名の作曲家」の一人、ベンジャミン・ブリテン
ロストロポーヴィチは「自分の生涯を変えた3名の作曲家」としてプロコフィエフ、ショスタコーヴィチのほかに、イギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテン(1913-1976)の名を挙げていました。1961年9月、ロストロポーヴィチはレニングラード・フィルのイギリス・ツアーに帯同し、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番のイギリス初演を行った際、ロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールでは演奏に臨席したショスタコーヴィチの隣にブリテンが座っていました。ブリテンは作品と演奏双方に強い感銘を受け、自らが1948年に創設し主催していたオールドバラ音楽祭で初演するということだけを条件にロストロポーヴィチのためにチェロ・ソナタの作曲を約束しています。その結果チェロ・ソナタは1961年に作曲・初演され、さらにブリテンは1964年から1971年にかけて3曲の無伴奏チェロ組曲、「チェロとオーケストラのための交響曲」をロストロポーヴィチのために作曲しており、20世紀後半における最も重要かつシリアスなチェロ作品がこの二人の音楽的交感から生み出されたのでした。
オールドバラ音楽祭での共演から生まれ音楽の絆
ブリテンは作曲だけでなく、ピアニストそして指揮者としても卓越した才能を持ち、オールドバラ音楽祭でも、パートナーだったテノールのピーター・ピアーズとの共演のほか、室内楽やオーケストラの指揮も担っていました。ロストロポーヴィチとブリテンの初共演は1961年7月、オールドバラ音楽祭でのブリテンのチェロ・ソナタの世界初演でのこと。音楽祭を気に入ったロストロポーヴィチは「私はオールドバラでとても幸せでした。帰りたくないです。素晴らしい聴き手の皆さん、そして友人のベンとピーターのために必ず戻ってきますよ」と明言しており、その後もこの音楽祭に登場しています。レパートリーは主にブリテンの個人的な趣向を反映し、シューベルト、シューマンからドビュッシーやヤナーチェクまで多岐にわたるものでした。ブリテンはロストロポーヴィチにシューベルトのアルペジオーネ・ソナタとイギリスの作曲家フランク・ブリッジのチェロ・ソナタの演奏を勧め、ロストロポーヴィチはショスタコーヴィチのチェロ・ソナタの演奏とハイドンのチェロ協奏曲第1番のカデンツァを依頼するなど、二人の共演はブリテンが心臓病のため演奏活動から退くまで続きました。
ロストロポーヴィチ最重要の録音遺産
LP時代以降、英デッカはブリテンの作品の自作自演の録音に力を入れており、オーケストラ曲からオペラまでその主要作のほとんどが当時最先端の技術で収録され、作品の普及に貢献しました。そのプロジェクトの過程で、指揮者・ピアニストとしてのブリテンによるパーセル、バッハ、モーツァルトからエルガ―に至る様々な作曲家の作品も録音され、ロストロポーヴィチとの共演も残されました。まず1961年7月、オールドバラ音楽祭での二人の初共演の直後に、世界初演したばかりのブリテンのチェロ・ソナタのほか、一緒に取り上げたシューマンの「民謡風の5つの小品」、ドビュッシーのチェロ・ソナタが録音されました。その3年後の1964年7月、同年3月に初演されたばかりのブリテンのチェロ交響曲とハイドンのチェロ協奏曲第1番がイギリス室内管弦楽団を起用して録音され、さらに4年後の1968年7月、シューベルトのアルペジオーネ・ソナタとブリッジのチェロ・ソナタが録音されたのです。この時同時に録音されたブリテンの無伴奏チェロ組曲第1番・第2番も合わせるとLPにして4枚分となるこれらのデッカ録音は、ソ連時代のライヴも勘定に入れると膨大な量が残されているロストロポーヴィチの録音遺産の中でも、リヒテルとのベートーヴェンのチェロ・ソナタ全曲、複数のドヴォルザークのチェロ協奏曲、晩年のバッハの無伴奏全曲と並び、最も重要なものといえるでしょう。
最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現
これらの録音は、アナログ全盛期の英デッカの生々しいサウンドによってロストロポーヴィチの強烈な演奏を余すところなく捉えているという点でも特筆すべき価値を持っています。今回のアルバムは1961年と1968年のセッションから3曲をコンパイルしたもので、CD初期の1987年に登場して以来踏襲されるようになったCD時代の定番カップリング。1961年のセッションでのシューマンとドビュッシーはアナログ時代最高の録音会場の一つ、ロンドンのキングスウェイ・ホールで収録されました。残されたセッション写真を見ると、楽器の配置は通常のリサイタルとは異なり、ピアノとチェロを2メートルほど離し、チェリストはピアノの右側を正面に見る位置で弾く、という形で収録されたことが判ります。この配置により二つの楽器の響きが交じり合うことなく、それぞれの鮮明なプレゼンスが確保され、演奏の微細なニュアンスが聴き取れるサウンドに結実しています。一方、1968年のセッションはオールドバラ音楽祭のメインの演奏会場だった「ザ・モルティングス」と名付けられたコンサート・ホールで収録されました。このホールはもともと19世紀半ばにビール醸造の際の製麦=モルティングを行う場所として建立された建物で、1966年に832席のコンサート・ホールに改装され、1967年の音楽祭に際して開場しました。内装は木造でしっとりと落ち着いたアコースティックが素晴らしく、デッカによる録音にも多用されるようになりました。2年後の1969年の火事で被害を受けたため全面的に改装され1970年に再オープンして以後も優れた音響効果を保ち続けイギリスで最も優れた録音会場として定着しています。1968年にこの「ザ・モルティングス」で録音されたアルペジオーネ・ソナタは、改装前の最初のホールで録音され、楽器の配置は不明ながら1961年のセッションよりも二つの楽器の音像が大きく捉えられており、左右のスピーカー一杯に演奏のイメージが広がります。このソナタの解釈の中でも最も遅い部類に属するゆっくりとしたテンポで静かに進められ、ところどころでさらにゆっくりと立ち止まるかのような表情も聴かれるなど、全体として深く沈潜していく味わいは、ロストロポーヴィチとしては珍しく、そのスローテンポを支えるブリテンのピアノも美しいリリシズムに満ちていて、文字通り空前の名演。上述の通りこれらの録音はCD時代初期の1987年にCD化され、1999年にはデッカ・レジェンドのシリーズで24ビット・リマスター盤となり、2004年にはSuper Audio CDハイブリッド化もされています。今回は20年ぶりの新たなリマスターが実現。これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。
「胸のすくようなタッチとリズム」「フィーリングも最高」
「曲、演奏者の組み合わせの二重の意味で大変興味深いレコードである。演奏は明らかにロストロポーヴィチの発想が主導権を握って、ブリテンのピアノがこれを援助しているように見られるが、このブリテンのピアノはひじょうにうまく、ほとんど完璧な二重奏となっている。」
『レコード芸術』1963年3月号 推薦盤
「このアルペジオーネ・ソナタの演奏は思いも及ばないゆっくりとした弾き方で、これで最後まで持たせられるというのは並々ならぬ歌謡性の素晴らしさ、表現描出の超絶的なテクニックによるものだ。ロストロポーヴィチの表情描出は主として高音の微妙な音色変化や弱音の魅力、聴き手を離さない力を秘めたクレッシェンドやデクレッシェンドの妙技に拠っている。」
『レコード芸術』1970年8月号 推薦盤
「ロストロポーヴィチとブリテンは全く正反対な性格の持ち主だが、それが反ってよかったのか大変ウマが合いご両人による共演のレコードはすべて理想に近いデュオをきかせる。ロストロポーヴィチはかなりのめり込んだ演奏で、聴き手によっては自己耽溺にすぎると感じされるかもしれないが、ルバートおよびポルタメントにしても極限に至る前に抑制を効かせていて、曲の純粋なナイーヴさを損なってはいない。ブリテンのピアノはイマージネーションに湧いており、素晴らしい共感を示している。」
『クラシック・レコードブック VOL.4 室内楽・器楽曲編』1985年
「チェロとピアノの呼吸が見事に合っている。しかもシューベルトでは特にそうだが、チェロが朗々と歌っている。そしてブリテンのピアノも達者だ。そうした2人の音楽性と技巧とに支えられた強みがどの演奏にも現れて、シューマンではロマン的な歌が大切にされ、詩情も極めて豊かになっている。ドビュッシーは気の利いた洗練された味わいも特筆されていいだろう。演奏と言って、2人の巨匠の組み合わせという歴史に残るものだ。」
『クラシックCDカタログ 89』1989年
「ブリテンとロストロポーヴィチの出会いがもたらしたものは大きく、《チェロ組曲》《チェロ交響曲》などはこの偉大なチェリストの存在があったが故に生まれた作品だ。さらには作品の献呈にまで発展したショスタコーヴィチとの間柄も、ロストロポーヴィチの仲介があってこそ。彼らはしばしばデュオで演奏会や録音も行ったが、ヒューマニストとして知られる二人だけに、その音楽には人間の生きざまとでもいうべき深遠な世界が描き出される。生々しい録音のこのディスクは、まるで二人の会話を聴くようなリアリティを内包。曲の素晴らしさはもちろんだが、ここでは20世紀の音楽史を形成した偉大な音楽家の声に耳を傾けたい。」
『クラシック不滅の名盤800』1997年
「アルペジオーネ・ソナタがこれほどの遅いテンポで大きなスケールの広がりを持って演奏された例もないだろう。一音一音をかみしめるようにじっくりと歌い込めながらも流れを失うことがないロストロポーヴィチのチェロは、まさに魔術的というしかない。ピアノもこのテンポだとひとかどのピアニストでも間が持たないはずだが、ブリテンは張り詰めた緊張をずっと持続しており、改めてピアニストとしての彼の力量の高さに感嘆させられる。(・・・)ドビュッシーのソナタはこの作品本来のスタイルを越えるまでの表出性をもって情熱的に繰り広げたスケール豊かな演奏。シューマンも、この一見単純な小品を雄弁に歌い込んで、ロマン的な奥行きを与えている。曲本来の味わいとはかけ離れたドビュッシーなどは好悪が分かれるだろうが、二人の偉大な奏者の計り知れない表現力の大きさを体感させてくれるアルバムである。」
『クラシック名盤大全・室内楽曲編』1997年
「アルペジオーネ・ソナタは、しんみりとした抒情で優しく演奏するのが通常のやり方だが、ロストロポーヴィチとブリテンの場合ほど、大きなスケールで演奏されたケースは今までなかったといってよいだろう。曲が流れていく方向を見失うことなく、一音一音、歌を確かめていくようなロストロポーヴィチに対し、緊張した雰囲気を持続させてゆくブリテンのテンポ感の良さにも頭が下がる。性質的には全く正反対だと思うが、それがかえって理想のデュオを生み、曲の純粋さを少しも損なうことはない。ブリテンのピアニストとしての力量の高さにも驚嘆させられ、ドビュッシーのソナタと共に、永遠に伝えられるべき名演として賛辞を惜しまない。」
『クラシック不滅の名盤1000』2007年
[収録曲]
◇フランツ・シューベルト(1797-1828)
アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821 |
[1] |
第1楽章:Allegro moderato |
[2] |
第2楽章:Adagio |
[3] |
第3楽章:Allegretto |
◇ロベルト・シューマン(1810-1856)
民謡風の5つの小品 作品102 |
[4] |
第1曲:Vanitas vanitatum (Mit Humor) |
[5] |
第2曲:Langsam |
[6] |
第3曲:Nicht schnell, mit viel Ton zu spielen |
[7] |
第4曲:Nicht zu rasch |
[8] |
第5曲:Stark und markiert |
◇クロード・ドビュッシー(1862-1918)
チェロ・ソナタ ニ短調 |
[9] |
第1楽章:Prologue(Lent) |
[10] |
第2楽章:Sérénade(Modérément animé) |
[11] |
第3楽章:Finale(Animé) |
[詳細]
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
ベンジャミン・ブリテン(ピアノ)
録音 |
[1-3]1968年7月22日〜27日、スネイプ、「ザ・モルティングス」コンサート・ホール
[4-11]1961年7月19日〜21日、ロンドン、キングスウェイ・ホール |
初出 |
[1-3]DECCA SXL 6426(1970年)
[4-11]DECCA SXL 2298(1963年) |
日本盤初出 |
[1-12]LONDON SLA1015(1970年7月)
[4-11]LONDON SLC1200(1963年2月) |
オリジナル・レコーディング |
[レコーディング・プロデューサー]
[1-3]ジョン・モードラー
[4-11]アンドルー・レーバーン
[バランス・エンジニア]
[1-3]ゴードン・パリー&ケネス・ウィルキンソン
[4-11] アラン・リーヴ |
※製品の仕様、外観などは予告なく変更されることがありますので、予めご了承ください。